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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)716号 判決

控訴人 水村和夫

〈ほか四名〉

右控訴人ら訴訟代理人弁護士 江口保夫

同 斉藤勘造

同 松崎保元

同 佐々木鉄也

同 岩月史郎

被控訴人 小森谷喜一

〈ほか二名〉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 大橋堅固

主文

原判決中、控訴人らに関する部分をつぎのとおり変更する。

被控訴人らは、連帯して、控訴人水村和夫に対し金三五九万二六五七円および内金三一九万二六五七円に対する昭和四五年一二月七日から、控訴人水村俊子、同水村圭次に対しそれぞれ金一一四万三三一〇円および内金九九万三三一〇円に対する右同日から、控訴人大野喜次郎、同大野イシに対しそれぞれ一三〇万九六七三円および内金一一五万九六七三円に対する右同日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人水村和夫と被控訴人らとの間で生じたものはこれを五分しその三を控訴人水村和夫の、その余を被控訴人らの各負担とし、控訴人水村俊子、同水村圭次と被控訴人らとの間で生じたものはこれを四分しその一を控訴人水村俊子、同水村圭次の、その余を被控訴人らの各負担とし、控訴人大野喜次郎、同大野イシと被控訴人らとの間で生じたものはこれを四分しその三を控訴人大野喜次郎、同大野イシの、その余を被控訴人らの各負担とする。

この判決は、控訴人らの勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

一、控訴代理人は、「原判決中、控訴人らに関する部分を取り消す。被控訴人らは、連帯して、控訴人水村和夫に対し金九五二万一八一〇円および内金八八五万一八一〇円に対する昭和四五年一二月七日から、控訴人水村俊子、同水村圭次に対しそれぞれ金一六八万四五九〇円および内金一五三万四五九〇円に対する右同日から、控訴人大野喜次郎、同大野イシに対しそれぞれ金四二六万二九六円および内金三八八万二九六円に対する右同日から、各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め(当審で請求を拡張)、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。当審において拡張された請求を棄却する。」との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一  原判決事実摘示請求原因(一)および(二)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  被控訴人らの抗弁について

1  被控訴人らは、本件事故は亡水村キミ子の重大な過失により発生したものであって、損害の算定にあたり右の過失を斟酌すべきである旨主張するので、この点について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、本件の事故現場は、東京方面から東松山市方面に通ずる国道二五四号線とこれと斜めに交差する川越市方面から桶川方面に通ずる道路との交差点であって、信号機が設けられているが、右信号機の信号が点滅する間隔は、被告車が進行して来た国道について、青信号三五秒、黄信号六秒、赤信号二五秒、交差する道路について、青信号一七秒、黄信号四秒、赤信号四五秒(赤信号はいずれも同時赤二秒を含む)であること、被控訴人椎橋利一は、被告車たる貨物自動車に飼料を満載して同国道を東京方面から東松山市方面に向け進行し、同交差点において桶川方面に右折しようとしたところ、交差点の中央やや桶川寄りの地点において、被告車の右前部を同国道を東松山市方面から東京方面に向け直進し同交差点に進入して来た被害車右前ドア部分に衝突させたもので、衝突時にはいずれの信号も赤であるかもしくは黄から赤に変る直前であったこと、被控訴人椎橋利一は、同交差点に入る一〇数メートル前で進行方向の信号が青から黄に変ったことを認めたが、時速を二、三〇キロメートルに落したのみでそのまま交差点に入り、対向車一台をやりすごしたのち、右折の合図を点滅しながら、中心点のやや内側において一時停止することなく右折を開始したこと、被控訴人椎橋利一は、交差点に入って間もなくして被害車が反対方向より同交差点に向って交差点入口にある横断歩道の手前(被告車から見れば横断歩道の先)約三〇メートル前後のところを進行して来るのを認めたが、信号機がすでに黄信号を示していたため、被害車において当然に右横断歩道前で停止するものと考え、それ以上同車の動向に注意することなくそのまま右折進行したところ、被害車は黄信号が赤信号に変る直前にもかかわらず停止することなく交差点に進入して来たため、前記のとおり、被告車と衝突し、被害車進行方向の左側にあった電柱および信号柱と被告車にはさまれるようにして停止したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

なお、≪証拠省略≫中には、被控訴人椎橋利一が被害車をはじめて認めたときには、同車は被告車からみて同交差点の反対側にある横断歩道から向う約六〇メートル付近を進行していたという部分があるが、前記各証拠によれば、被控訴人椎橋利一が右のとおりはじめて被害車を認めからつぎに同車に気がついたときには同車はすでに横断歩道上まで進行して来ていたこと、その間、被告車は約七メートル進行したにすぎないことが認められるから、前記のとおり被告車の時速を二、三〇キロメートルとすると、被控訴人椎橋利一が最初に被害車を認めてからつぎに横断歩道上まで進行して来ているのに気づくまでの所要時間は一ないし一・五秒ということになり、≪証拠省略≫にあるように、たとえ被害車が時速約七〇キロメートルで進行していたと仮定しても、一・五秒間に進みうる距離はせいぜい三〇メートル程度であって(≪証拠省略≫にあるように、被害車の時速を五〇キロメートルとすれば、一・五秒に進みうる距離は二〇・八メートルとなる)、被控訴人椎橋利一が最初に被害車を認めたときに同車が横断歩道の先約六〇メートル付近を進行していたというのは事実に反するものといわざるをえず、前記各証拠は信用できない。

右認定の事実によれば、被控訴人椎橋利一は、交差点の一〇数メートル前で信号が黄信号になったにもかかわらず、右折のため同交差点に進入し、しかも、右折開始前に被害車が反対方向から進行して来るのを認めながら、すでに黄信号になっているというだけで同車において交差点に進入することなく停止するものと軽信し、その後の同車の動向に注意することなく漫然と右折した過失があるが、他方、被害車の運転者水村キミ子は、信号がすでに黄を示し、さらに赤に変る直前であったにもかかわらず、漫然交差点に進入したものであって、本件事故の発生につき右水村キミ子にも過失があることは否定できない。そこで、双方の過失の割合についてみるに、交差点を右折しようとする運転者は、特別に右折車のみの進行を許す信号が設けられている場合を除き、対向直進、左折等の車両の通過を待って自車を進行させるべきであり、これらの車両の有無、動向には十分に注意し、その進行を妨害しないようにすべき法律上の注意義務があるところ、被控訴人椎橋利一は、前記のとおり、時速を二、三〇キロメートルに落したものの、対向直進する被害車を認めながら同車において停止するものと軽信し、その後の被害車の動向に注意することなく右折したものであって、直進車の進行を妨害した過失は重大である。他方、被害車の運転者水村キミ子は、前記のとおり、衝突時の信号が全赤であるかまたは黄から赤に変る直前であったこと、被害車進行方向の黄信号の時間が六秒であることおよび被害車の法定速度等から推定して認められるとおり、交差点入口の横断歩道から少なくとも五、六〇メートル前ですでに信号が黄になっており、したがって、そのまま進行すれば交差点に進入する前後には黄信号から赤信号に変ることが予想されたにもかかわらず、敢えて交差点を直進通過しようとしたものであって、信号無視の過失は決して小さくないが、同様の信号無視は被告車にもあるから(仮に黄信号で安全に停止できなかったとしても、交差点に進入した地点で停止してつぎの信号を待つべきであったといえる)、被害車についてのみこれを過大視するのは相当でなく、結局、直進車優先の原則、被告車の車種および衝突の態様等を総合すると、過失の割合は、被控訴人椎橋利一において六、亡水村キミ子において四とするのが相当である。

よってキミ子の死亡によって生じた損害額算定については、右過失割合と同じ割合である四割に相当する金額を減額すべきである。

なお、被控訴人らは、右水村キミ子の過失は同乗者である亡水村ハルの損害額算定についても斟酌されるべきであると主張するが、後記認定のとおり、ハルはキミ子の義母にあたるものの、身分上および経済上の一体関係があるとは認められないから、右主張は採用できない。

2  つぎに、被控訴人らは、控訴人らは連帯免除の意思表示をしたから、控訴人らは被控訴人椎橋利一の事故に対する責任(寄与分)のみを請求しうるにとどまるとの主張をする。しかし、被控訴人らの主張によれば、右意思表示をしたのは、第一審の共同原告たる峯博一であるというのであって、同人が控訴人らを代理する権限を有していたことについてはなんらの主張、立証がない以上、仮に連帯免除の意思表示があったとしても、その効果が控訴人らについて生ずる余地はないというべきである。

三  そこで、控訴人らの損害の額について検討する。

1  亡水村ハル関係

(イ)  逸失利益

≪証拠省略≫によれば、本件事故当時、ハルは六五才の女性であり、同令の女性の平均余命年数は第一一回生命表によると一四・一〇年であるが、≪証拠省略≫によれば、ハルは事故当時腰痛のため医者にかかったりしていたものの、近隣の駄菓子屋に勤めていたことが認められるから、その就労可能年数は六年とみるのが相当である。

そして≪証拠省略≫によれば、ハルは当時上記の勤務により三五万六〇〇〇円の年収を得ていたことが認められるから、生活費を収入の五割とみてこれを控除した額についてホフマン方式により中間利息年五分を控除すると、ハルは九一万三八五二円の収入を失ったことになり(356,000×1/2×5.134=913,852)、また、主婦としての家事労働を一年に二四万円と評価し、生活費を五割とみてこれを控除した額についてホフマン方式により中間利息年五分を控除すると、六一万六〇八〇円となるから、(240,000×1/2×5.134=616,080)、これを合算すると、ハルの逸失利益の合計は一五二万九九三二円となる。

なお、控訴人らは、ハルについて賃金の上昇率を考慮すべきであると主張するが、前記水村和夫本人の供述によれば、ハルの仕事は、前記勤め先で、子守をしたり、手の空いたときには団子を串に刺したりする単純なもので、勤務の期間も二年と短かく、どちらかといえばパートタイム的なものであることが認められるばかりでなく、確立した給与体系があったことを認めるべき証拠もないので賃金の上昇率を考慮するのは相当でない。また、右供述によれば、ハルは、水村和夫、亡キミ子夫婦と同居し、これと生活を共にしていたもので、家事労働に従事していたのは主としてキミ子であって、ハルは従たる立場にあったにすぎないことが認められるから、主婦としての労働は前記のように一年に二四万円とみるのが相当である。

控訴人水村和夫、同水村俊子、同水村圭次がハルの子であることは当事者間に争いがないから、右控訴人らは、相続人として右逸失利益相当額の損害賠償請求権の三分の一に相当する五〇万九九七七円ずつを相続したことになる。

(ロ)  慰藉料

控訴人水村和夫、同水村俊子、同水村圭次がハルの子であることは前記のとおりであり、右控訴人らがハルの死亡によって遺族として多大の精神的苦痛をうけたことはあきらかであるから、その慰藉料としては総額で五〇〇万円、右控訴人ら各自につき一六六万六六六六円が相当である(なお、右はハル本人の慰藉料の相続分を含むものとしてではなく、すべて右控訴人らの遺族としての慰藉料として請求する主張を採用した)。

(ハ)  葬儀費用

前記水村和夫本人の供述によれば、右和夫は、ハルとキミ子の分をあわせて葬儀費用として約一〇〇万円を支出したことが認められるが、ハルの分としては右のうちの三〇万円を相当額の損害と認める。

2  亡水村キミ子関係

(イ)  逸失利益

≪証拠省略≫によれば、本件事故当時、キミ子は三五才の女性であり、健康で働いていたことが認められるから、六七才までなお三二年間は就労可能であったとみることができる。そして、≪証拠省略≫によれば、キミ子は当時訴外羽深朝治からの注文により継続的にテント、シートカバー等の縫製を請負い四八万四〇〇〇円の年収を得ていたことが認められるから、生活費を収入の五割とみてこれを控除した額についてホフマン方式により中間利息年五分を控除すると、キミ子は四五五万一〇五二円の収入を失ったことになり(484,000×1/2×18.806=4,551,052)、また、主婦としての労働を一年に四八万円と評価し、生活費を五割とみてこれを控除した額についてホフマン方式により中間利息年五分を控除すると、四五一万三四四〇円となるから(480,000×1/2×18.806=4,513,440)、これを合算すると、キミ子の逸失利益の合計は九〇六万四四九二円となり、これに過失相殺による四割の減額を施せば残額は五四三万八六九五円となる。

なお、控訴人らはキミ子についても賃金の上昇率を考慮すべきであると主張するが、前記水村和夫本人の供述によれば、キミ子は、板金工をしている夫和夫の手伝や家事のかたわら、前記の縫製関係の仕事に従事していたもので、右は継続的の勤務ではないし、給料も歩合制をとっていたことが認められるから、賃金の上昇率を考慮するのは相当でない。また、控訴人らは、キミ子の逸失利益の算定については、ハルの場合と異なり、ライプニッツ方式を採用しているが、キミ子の就労可能年数が比較的長期にわたるとはいえ、算定の基礎となる金額は、右のとおり、就労可能期間の全部につき一定のもので上昇の可能性を認めないものであるし、右金額自体が同年令の女性の平均賃金と比較しても決して高いものではないから、キミ子にとって有利なホフマン方式によるのが衡平上相当であって、ハルの場合と別異に解すべき理由はない。

控訴人水村和夫がキミ子の夫であり、同大野喜次郎、同大野イシがキミ子の両親であることは当事者間に争いがなく、同人らがキミ子の前記逸失利益による損害賠償請求権を相続したことにより、その額は、控訴人水村和夫において二分の一に相当する二七一万九三四七円、同大野喜次郎、同大野イシにおいてそれぞれ四分の一に相当する一三五万九六七三円となる。

(ロ)  慰藉料

控訴人水村和夫がキミ子の夫であり、同大野喜次郎、同大野イシがキミ子の両親であることは前記のとおりであり、右控訴人らがキミ子の死亡によって遺族として多大の精神的苦痛をうけたことはあきらかである。その慰藉料としては過失相殺を考慮に入れ総額で三六〇万円、控訴人水村和夫につき一五〇万円、同大野喜次郎、同大野イシにつきそれぞれ一〇五万円をもって相当と認める(なお右は、キミ子本人の慰藉料の相続分を含むものとしてではなく、すべて右控訴人らの遺族としての慰藉料として請求する主張を採用した)。

(ハ)  葬儀費用

前記のとおり控訴人和夫が、ハルとキミ子の分をあわせて葬儀費用として支出した約一〇〇万円のうちキミ子の分としてはキミ子の過失を考慮に入れて一八万円を相当と認める。

3  弁済充当

控訴人らが、自賠責保険から、ハル分三五五万円、キミ子分五〇〇万円、被控訴人らから医療費としてハル分九万七九三二円、キミ子分四万三八四二円を受領した(ただし、医療費は直接に病院に支払われた)ことは当事者間に争いがないところ、医療費は本訴で請求されているものではないからこれは別とし、自賠責からの給付金を控訴人らの相続分に応じて分けると、ハル分につき、控訴人水村和夫、同水村俊子、同水村圭次においてそれぞれ一一八万三三三三円、キミ子分につき、控訴人水村和夫において二五〇万円、同大野喜次郎、同大野イシにおいてそれぞれ一二五万円となるので、これを控訴人らの損害額から控除すべきである。

なお、被控訴人らは、控訴人水村和夫に対し、さらに八〇万円(ただし内金四〇万円は物損として)を支払ったと主張し、右支払いの事実自体は当事者間に争いがないが、前記水村和夫本人の供述によれば、右八〇万円は全額被害車両の賠償の趣旨で授受されたことが認められるから、本訴請求の対象外であって斟酌のかぎりでない。

4  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、控訴人らは、本訴の提起および追行を訴訟代理人たる弁護士に委任し、手数料および報酬の支払いを約したことが認められるが、本件訴訟の経過、難易、損害額等を考慮すると、右のうち、控訴人水村和夫につき四〇万円、その余の控訴人らにつきそれぞれ一五万円が被控訴人らに賠償を求めうべき金額と認めるのが相当である。

四  以上のとおりであって、被控訴人らは、連帯して、控訴人水村和夫に対し三五九万二六五七円および弁護士費用を除いた三一九万二六五七円に対する不法行為時たる昭和四五年一二月七日から、控訴人水村俊子、同水村圭次に対しそれぞれ一一四万三三一〇円および弁護士費用を除いた九九万三三一〇円に対する右同日から、控訴人大野喜次郎、同大野イシに対しそれぞれ一三〇万九六七三円および弁護士費用を除いた一一五万九六七三円に対する右同日から、各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをすべき義務があるから、控訴人らの本訴請求は右の限度で認容し、その余を失当として棄却すべく、これと異なる原判決を主文のとおり変更し、仮執行の宣言につき民訴法一九六条、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九二条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉岡進 裁判官 兼子徹夫 太田豊)

〈以下省略〉

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